終戦記念日があった。
もう72年が経過したという。
つまり、おおまかに80歳以上の方が戦争の記憶があるのであろう。
1945年の終戦を伝える陛下の玉音放送を当時の人々はどのような気持ちで受け入れたのであろうか?
内地で戦地で生き延びた日本人。
以下は聞いた話であるが
私の祖父母は朝鮮半島の北部、鴨緑江の河畔に当時、住んでいた。
終戦と同時に占領民であった日本人は朝鮮人の襲撃を受けた。
もちろん日本人の財産は奪われ、
大量の日本人が朝鮮人により虐殺された。
祖父母たちは決死の覚悟での帰国を余儀なくされる。
日本人であることを隠して列車に乗ったが、
道中に朝鮮人に「日本人がいる」と叫ばれ発覚して
電車から飛び降りたという。
たくさんに路上に横たわる日本人の死骸をまたぎながら歩いて南を目指した。
今は亡き父からそんな話を聞き
逆に、もちろんアジア各国の人々に日本人が多大な被害を与えたことは事実として
戦争の悲惨さに思いを持った。
このよな私の祖父母の体験は決して教科書にも載っていない。
完全に史実から消された事件であろう。
戦争の体験は我々が受け継ぎまたその下の世代に伝承し風化させてはいけないと思う。
上前津のコスチェン用の衣装です。
モデル「ももか」
フロントスタッフでもあるが最近、可愛くなってきた。